「しっぽもひと役」について、永井隆博士の娘さん、筒井茅乃さんにそのときの様子を書いていただきました。


  しっぽもひと役
  筒井 茅乃
 ある日のことでした。
小学生だった私は如己堂で寝ている父のそばで、いつものように遊んでいました。
父は墨で小さな絵を描いていました。外の道を通る人もなく、静かなひとときでした。
「かやちゃん、これはどうね。」
と、父はやさしい浦上ことばでいいました。
見ると、それは一匹のぶたの絵でした。 そのぶたはお尻がまあるく、つるつるしているようで、なんともおかしな絵でした。
「おかしかー(おかしい)。」
私はそういってクスクス笑いました。描かれたぶたも、まるで照れるように笑っていました。父も笑っている私をうれしそうに見て、
「おかしかやろう。」
と、いうと、ぶたの丸いお尻のところにクルリと一ねじりした線を描き入れました。
「ほら、これでどうね。」
「うん、今度は良か。」
ひと筆のしっぽを描いてもらったぶたは、不思議なことに、一匹の楽しそうなぶたに変っていました。父はさらに、
「しっぽもひと役」
と、ぶたの上の余白に書き入れました。それを、なんだろうと見ている私に、 「しっぽもひと役。ぶたのしっぽだってね、なかったら、おかしいだろう。何の役にもたっていないように見えるしっぽでも、本当はとても役にたっている、なくてはならないものなんだよ。」と、やさしく説明してくれました。
私の思い出の中の「しっぽもひと役」の由来はこのような次第です。

この絵をご覧になった皆さまは、どのようなことを思いうかべられるでしょうか。 「そうか、人にはおかしく見えるぶたのしっぽでも、ぶたにとってはやっぱり役にたっているのか。」
「ぶたのしっぽでも役にたつんだって。じゃあ、人間の方がぶたのしっぽよりはましだと、私はおもうから、役にたっていない人なんていないんだね。」
「目立たないことでも、本当はとても大切なことがあるという訳ね。」
「私はブタのしっぽのようでもいい。小さな役目でも大切につとめたい。」
などなど。 私は少し気落ちがした時、また逆に有頂天になっている時、「しっぽもひと役、ぶたのしっぽ、ぶたのしっぽ」と言って、自分を励ましたり、自戒したりしています。
     1988年12月


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